「逆ソクラテス」
伊坂幸太郎史上、最高の読後感。デビュー20年目の真っ向勝負!


無上の短編5編(書き下ろし3編を含む)を収録。収録作は「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」。


敵は先入観。世界をひっくり返せ!である。誰しも持つ先入観を小学生達が、あの手この手で覆してみせる。悪人も出てくるが、主人公達と恩師の掛け合いが軸なストーリーが多く、5編全体を通して穏やかな作品である。


「逆ソクラテス」は2度目なのだけど、小学生にとっては絶対的な存在である教師の先入観をひっくり返そうとする様は痛快。昔に比べて今はとか言われるだろうが、今に比べて昔はと言われる面もあり、いつの時代も逆ソクラテスは存在するだろう。人は考える葦でなければならない。


印象深いのは「スロウではない」である。伊坂幸太郎の作品でこのようなタイプはあんまり読んだことがない。志向としては含まれてないんだろうなと思っていた。その点で推しである。


書き下ろしに関しては、らしさを感じさせる。既視感ある展開であれ、それが心地よくなってくるように仕上げてきたらそれは作者の勝ちだと思っているのだけど、一本勝ちである。「逆ワシントン」で纏める辺りも、ファンからしたら皆好きな締めかなと。


因みに、磯憲と言う教師が度々登場する。伊坂幸太郎の小学生時代の担任の先生がモデルらしい。凄い良いこと言ってるのよ、磯憲。セリフは当然違うだろうけど、その先生は短編のモデルになったエピソードでは、モデルになるような話をしたに違いない。そう思うと今回の作品の生みの親はその先生であったりもする。


さて、デビュー20年おめでとうございます。また新作待ってます。読みたくなるのよね、これが。

2020年5月5日

読書状況 読み終わった [2020年5月5日]

「クジラアタマの王様」
優等生の政治家ほど、何も出来ません。賛否両論あるくらいのほうが。


最近「シーソーモンスター」が刊行されたと思ったらまた新刊である。刊行ペースがちょっと早まっている気がして有難い。誘い文句的にも、個人的には好きな「モダンタイムス」ぽくて、誘われてしまう。


本作は伊坂幸太郎の長年の夢が結実している。何が?とは、ネタバレになるので、読んでいただきたい。


大物感を漂わせるハシビロコウは、お菓子会社勤務でお客様対応の達人である岸と人気ダンスグループのメンバー・小沢ヒジリ、そして、新規気鋭な政治家・池野内議員を導く。現実では接点が無いはずの三人は、あるお菓子を通じて巡り会う。そこから15年に渡り、数奇なストーリーが始まる。


前作「シーソーモンスター」のような時代を跨いだ疾走感は無い。また「モダンタイムス」感もあまり無かった笑。


代わりに寓話的な世界になっている。人語を操る案山子は出てこないが、怪物との戦いを始め、猛獣との遭遇にパンデミック。そして、クレーマー。どれも関係性が見えない出来事が次々と起きる。岸は、池野内議員とヒジリとともにRPG的なノリで立ち向かうことになるが、勿論一筋縄でいかない。なぜならば、夢の世界の戦いが、関係しているから。


夢と現実での三者三様の見せ場もあり、ヒーロー要素も具備した寓話ストーリーである。どこか初期作品の薫りがある。個人的には嫌いでは無いが、そろそろスランバー的なものも読みたいかな。

2019年7月17日

読書状況 読み終わった [2019年7月17日]

「シーソーモンスター」
面白企画。


まず、螺旋プロジェクトについて話さねばならない。螺旋プロジェクトとは「小説BOC」1~10号に渡って連載された作家8組による文芸競作企画である。古代から未来まで日本で起こる「海族」と「山族」の闘いを描くと言うテーマを持ち、それぞれが小説を書くと言う一風変わった試みで、「シーソーモンスター」は近未来を舞台にした、朝井リョウ「死にがいを求めて生きているの」に続く螺旋プロジェクト第2作となる。



螺旋プロジェクトに参加する作家は3つのルールを遵守する。


ルール1:「海族」と「山族」、2つの種族の対立構造を描く
ルール2:全ての作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる
ルール3:任意で登場させられる共通アイテムが複数ある


というもの。ルール1を見破ることは可能だが、ルール2&3に気づくのはなかなか難易度が高そうであるが、読者を惹くフックとしてはなかなか興味深い。


さて「シーソーモンスター」なのだが、近未来をテーマにしているものの、始まりは昭和後期の平凡だが平和に暮らしていた夫婦を襲った危機である。この危機を乗り切った夫婦に導かれた1人の手紙配達人を巻き込む事件が、2050年に勃発する(こちらはスピンモンスター)。


ちょっと気弱だが正義感はある。が、おっちょこちょいで鈍感な男は、たびたび伊坂幸太郎作品に登場すると記憶しているが、実はその男はなんでも知っているといった秘密兵器に近いストロングポイントがあるわけでもなく、ただただ平凡な男であり、実は秘密兵器ならぬ最強兵器はその妻であった、と言う組み合わせも馴染み深い。更に、2050年後に登場するキーマンであるが、この男ももはや顔なじみキャラに近い雰囲気を醸す。ああ、あいつみたいな奴ね、と合点しちゃうくらいの馴染み感。伊坂幸太郎の味が染みてる。


海族と山族の対立が齎す結末はちょっと予想外。スピンモンスターの中盤までが醸し出すいつもの味から一転、こんな形になるとは。


水戸直正を想うと辛いものがあり、彼に課せられた試練の結末には謎がたっぷり残ったなと率直に感じた。いつもは作品により形は違えど余韻が残るが、こんな謎残しは、伊坂幸太郎では久々な気がする。やはり、螺旋シリーズが関係してるのだろう。

2019年6月4日

読書状況 読み終わった [2019年6月4日]

「森見登美彦リクエスト!美女と竹林のアンソロジー」
by 森見登美彦、有栖川有栖、京極夏彦、恩田陸、佐藤哲也、北野勇作、飴村行、矢部嵩、伊坂幸太郎、阿川せんり。


竹林を題材にした竹林小説。幼い頃から竹林に心惹かれてきた森見登美彦は大学院で竹を研究し、竹林を刈るだけのコンセプトで「美女と竹林」と言う本を書き、遂には竹取物語の現代語訳にまで手をつけたと言う生粋の竹林フェチ。そして、飽くなき竹林愛ゆえに誕生したのが、本作の竹林小説アンソロジー。森見登美彦らしいっちゃあらしい試み。


尚、作品の収録順序を決めるにあたっては、だんだん近づいてくる竹やぶをイメージして決めたとのこと。一発目の阿川せんりから始まり、次第に竹林的気配が高まっていき、遠くに見え隠れしていた竹やぶが我々を取り囲み、ついに世界を飲み込んでいく。そんな順に竹林小説が並び立っている。それってつまりは、読み進めば進むほど竹林密度(竹林が小説に占める割合又は存在感)が大きくなっていくと言うことだろうか。


となると、阿川せんり「来たりて取れ」は、確かに竹林は薄め。この短編では、竹林よりもパンダじゃねぇかっっ!と思った。そのパンダも小ちゃい小ちゃい。本筋は女の子の恋愛なのである。


しかし、伊坂幸太郎以降から竹林の役割が大きくなっているような気がした。キャラ密度からしたら竹林と言えばあの美女!なお方が出ちゃう「竹やぶバーニング」が一番な気もしちゃうが、それは良しとしよう笑。


恩田陸〜森見登美彦ラインは遊び心を感じる。中でも「東京猫大学」はホラー出とは思えない文章だった。しかし、最後まで読むとちょっとしたホラーな味付けがされている。お初な作家さんであった為、ちょっと作品を読んでみたくなった。


そして、トリを飾る「美女と竹林」。なんと言って良いか分からない取り敢えず読んでみて下さいな短編だった。竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹と続く竹文字の横並びは初めて見た。しかし、まだまだ知らない作家さんがいるものだ。自分のテリトリーの狭さを再認識させられた。


果たして、竹林小説は本作によって増えていくのか注目したい。増えない気もするが、その場合はアンソロジー第二弾を出すしかない。コントちっくな作風を入れる為に、又吉先生も登場頂きたい。


★収録作
・来たりて取れ 阿川せんり
・竹やぶバーニング 伊坂幸太郎
・細長い竹林 北野勇作
・美女れ竹林 恩田陸
・東京猫大学 飴村行
・永日小品 森見登美彦
・竹迷宮 有栖川有栖
・竹取り 京極夏彦
・竹林の奥 佐藤哲也
・美女と竹林 矢部嵩

2019年2月18日

「フーガはユーガ」
1年ぶりの新作。


伊坂幸太郎の作品であれば500ぺージ超の上下巻でも直ぐに読み終える自信がある!何ならば1000ページくらいでも良いくらいだ。巧みなストーリー構成と伏線回収、印象的なキャラクター、くぅぅと唸りたくなるツボをつくセリフやシーン、多彩な世界観。一度読むと小説家が創造出来る世界の幅の広さや奥深さ、可能性を見せつけられる。


「フーガはユーガ」は、上記のストロングポイントを押さえ、更に双子から醸し出される深い“切なさ”がプラスされている。読了後、痛快さよりも不思議さよりも切なさが優った伊坂幸太郎の作品は久しぶりで、いつもは読み終わりたくないと言う気持ちと読み進めたいと言う気持ちの狭間に挟まってしまう気分になるものだが、「フーガはユーガ」は切なさをこれ以上知りたくないから読み終わりたくないと言う気持ちと双子が切なさを乗り越えた姿を見たくて読み進めたいと言う気持ちの間にいた。


主人公は常盤風我と常盤優我。双子である。風我と優我はある能力が自分達に備わっていることに気づく。ある時だけ発揮出来る不思議な力は、二人だけの秘密であり、巨大な力に屈しない為の拠り所だった。


この力を中心に物語が進んでいくのだが、もう一つ大きな意味を持つのは些細な気まぐれで少女にあげたぬいぐるみである。このぬいぐるみは、風我と優我にとってしこりであり、不思議な力で全てを終わらせることになったきっかけにもなる。


そして最期は、いつもであれば粋なキャラクターの粋なセリフ(と言えば、何故か五反田が浮かぶ)で締めるところではあるが、先に述べたようにそこには切なさもくっついてくる。金魚のふんの様にと言いたいところだが、その切なさは他の伊坂幸太郎の作品との差異に寄与するだけにそんなことは言えない笑。


このぬいぐるみに加え、絶対悪との対峙や悲しい別れ等切ない要素が多い。終わりのシーンも切ない。しかし、読み終わってみると、好きな伊坂幸太郎作品のBEST3に入るくらい好きな一冊になった。

2018年11月13日

読書状況 読み終わった [2018年11月13日]

「サブマリン」
チルドレンから12年。


随分、久しぶりだ、陣内の活躍を見るのは。本作「サブマリン」は「チルドレン」の続編である。家裁調査官である陣内と武藤が、犯罪を犯した少年達と向き合い、彼らなりに答を見つけていく物語だ。しかし、その見つけ方は王道ではない。家裁調査官として少年を向き合い、心を開いていくというのではなく、陣内は陣内なりの向き合い方、武藤は武藤なりの向き合い方で、罪を見つめていくのだ。


とかっこよく書いてみたものの、そんなにクールなものでもない。陣内は、彼なりのスーパーな理論で、少年少女を「陣内さんだから仕方ないな」と納得させ、「陣内さんのくせにいいこというじゃないか」と感心させ、「ああいう陣内さんは見たことない。きっと何か良くないことが起こる」と自らの立ち振る舞いを直させる。


「武藤、別におまえが頑張ったところで、事件が起きる時は起きるし、起きないなら起きない。そうだろ? いつもの仕事と一緒だ。俺たちの頑張りとは無関係に、少年は更生するし、駄目な時は駄目だ」


という人ですからね。一方、武藤は、家裁調査官なのに監査対象の少年にお願いをされてしまう程のお人よしで断れない性格。そんな彼だからこそ、少年も心を開く。ここが陣内との違いだ。向き合い方が、正統派なのだ。


この2人が揃うと良くないことが起こる。事件に巻き込まれるわけだ。凶悪犯と鉢合わせしたり、刺されたり、とんでもないことが2人を襲う。それをユーモアたっぷりで乗り越える。これも魅力の1つ。


「サブマリン」を読んで思ったことは、私は伊坂幸太郎の小説が好きだということです。なんだろう。言葉の選び方や言葉遊びが、私の好みなんだと思います。「サブマリン」に至っては、罪と罰についても触れながら、陣内のキャラクターがブレていなく、とても心地よい。伊坂幸太郎という作家は、キャラクター設定と会話表現だけではなく、犯罪という重い内容を織り込みながらも、決して重くさせ過ぎないようにユーモアを加える、その塩梅も抜群にうまいと思います。


んー。にしても、陣内。最後の仕事はGooD Job!

2018年8月21日

読書状況 読み終わった [2018年8月21日]

「Wonderful Story」
犬にまつわるアンソロジー。


私はアンソロジーになかなか手が出ない。たくさんの作品が収録されている中で、自分にとって良質なモノがなかった場合、読んで損した気分になることがあるからだ。たくさん収録されているのに何でだ?と。これは完全なるいちゃもんであり、作品が悪い訳ではない。ただ、そんな気分になる可能性を考慮してなかなか手が出ない(そもそも長編であれば、損した気分になる可能性は低いかと言われればそうではないだけに自分勝手なものだ)。


そんな私がアンソロジーに手を出すというのは、アンソロジーの設定・仕様が面白そうだなと思った時。設定・仕様が面白い場合は、それに合った短編若しくは中編が組まれているのだから面白そうだと思って手に取る。本書は、犬をテーマとしたアンソロジーでそれ自体はよくある題材であるかも知れないが、著者名を犬に変える遊びを入れている。その点が面白いなーと思ったわけです。今思うと大して面白くはないのだけどもw


何はともあれ面白そうだなと思い読み出したのだから、最後まで読み終えることを自分に課し、取り組んだ結果、思っていた以上に面白かったです。選んだ目に狂いは無かった模様。


切り込み隊長は、伊坂幸犬郎が担当。彼の「イヌゲンソーゴ」は、寓話をモチーフとし、犬が喋り、犯人を追いかける。余韻を残すエンタメ。寓話を使って描く辺り、流石としか言いようがない。実は怖い事件をユニークな感じに仕上げています。これが一発目だと読みやすい。


代わって犬崎梢の「海に吠える」は、家族をテーマにした少年の葛藤を描く温かい物語。父親の異動に伴い、家族と離れ離れになり、父についていくことにした少年が降り立った地での地元民・そして犬との交流を描いており、母親と父親の間に挟まれる中で自分が信じるもの、感じるものを貫こうとするちょっと熱い感じもあります。


悪者が連れてきた犬を中心に巻き起こるコメディストーリー「バター好きのヘミングウェイ」は、木下半犬によるもの。著者の作品志向からすると想定内かな。


残りの2作は、犬の特性を基に作品を考えたのかなーと。横関犬「パピーウォーカー」は、盲導犬の特性や制度を生かしたミステリー且つホットなストーリーになっており、阿久津と岸本の訓練士コンビも良い。そしてラストの貫井ドッグ郎「犬は見ている」。犬がずっとこっちを見てくるという仕草を膨らませ、サスペンス風に仕上がっています。序盤は失恋話だったのに、この終わり・・・。


読み応えという点では「海に吠える」、意外性という点では「犬は見ている」が良かったです。5作とも毛色が違うので、其々で楽しめます。

2018年5月27日

「殺意の隘路 最新ベスト・ミステリー」
ミステリーの"今"を堪能する。豪華15作家による最強アンソロジー。


日本推理作家協会刊行、ミステリーアンソロジーです。程よい文量で色んな作家のミステリーを1度に纏めて読める、非常にお得です。16年刊行である為、現時点ではちょこちょこ著者単行本/文庫本で発売されているものもあるかと思いますが、読んでこと無いな?って思える作品があれば、手に取って見て下さい。私も、読んだことはないものはもちろん、既読のものもありましたが、結局、面白かったです。


◆収録作品/作家
☆もう1色選べる丼/青崎有吾
☆もういいかい/赤川次郎
☆線路の国のアリス/有栖川有栖
☆ルックスライク/伊坂幸太郎
☆九尾の狐/石持浅海
☆黒い瞳の内/乾ルカ
☆柊と太陽/恩田陸
☆幻の追伸/北村薫
☆人事/今野敏
☆夏の終わりの時間割/長岡弘樹
☆理由ありの旧校舎/初野晴
☆ルーキー登場/東野圭吾
☆定跡外の誘拐/円居挽
☆旧友/麻耶雄嵩
☆副島さんは知っている/若竹七海


本書収録ミステリは、
・意図的な隠し事が明らかにされ、本当は何があったのか、謎が解明されるもの
・合理的な知性と偶然が絡み合って展開されるもの
・謎の女性とその謎または女性が気になる人物との関係がポイントになるもの
・ファンタジー要素が強く不可解さが濃いもの


様々なタイプのミステリがあり、犯人を見つける探偵モノ、という王道以外も楽しめる仕上がりになっています。私は、結局、探偵モノが一番好きなのですが、犯罪=暴く以外のミステリも、結構好きなんだなと改めて思いました。ほっこり系の結末が多いからなんでしょうw


個人的に良かったのは「ルックスライク」「九尾の狐」「黒い瞳の内」。ルックスライクは、読み出したら読了済と気づいたけど、あの助け方は、やっぱ良い。きっと息子の恋もうまくいくはずで。


後者は、どちらもプロットは恋愛。「黒い瞳の内」は、純愛でこんな恋してみたいもんだと。好みは、九尾を掛けた職場恋愛に発展間違いなし!の方ですね。間違いなく美人ですよ、リコさん。というか、ポールテールって初めて聞いたかも。


30代になり、もはや純愛だのドキドキ恋愛だのが、砂漠で見るオアシスになった今、こういう小説しか救いはないのだろうか。。あぁ、悲しい。


因みに、他も是非ご一読を。

2018年3月6日

「ロングレンジ」
引きこもりの話とアイネクライネ。


ロングレンジ。電子オリジナル短編小説の特典として、文庫版「アイネクライネナハトムジーク」の1章「アイネクライネ」が収録されてます。アイネクライネは読了した為、ロングレンジ目当てです。伊坂幸太郎って電子書籍オリジナル作品意外と書いてるんですね。


あらすじは、“久しぶりに実家に帰ったわたしが、引きこもり中の弟にある大事な相談をする。もうすぐ結婚30周年を迎える両親、単身赴任中の夫とその妻、2年ぶりに会う姉弟”


そう、ひとつの家族をめぐる物語です。明るい引きこもりな弟と単身夫がいる姉の掛け合いから、両親への話へとスムーズに繋がります。やはりページ数が少ない分、さくっと行きますね。


妙に悟りに入っている弟により引きこもり感はなく、離婚しちゃうんじゃないか?と焦る娘と父もユーモア感がある、そんな作品。

2017年12月29日

読書状況 読み終わった [2017年12月29日]

「ホワイトラビット」
予測不能の籠城ミステリー。


仙台の住宅街で発生した人質立てこもり事件。逃亡不可能な状況下、新手の乱入者に思わぬ住人が加わり、犯人は予想外の要求を警察に繰り出す。そこから息子への、妻への、娘への愛が交錯して、展開は思わぬ方向に。鍵は、オリオン座とレ・ミゼラブル。肝は、正義。


あとがきによると、ああでもないこうでもないと考えている内に、ホステージ、ダイハード、交渉人が混ざり合ったもの、伊坂幸太郎なりのホステージになったとあります。


ホステージは、完全無欠のセキュリティ付館が舞台だったけど、立てこもり犯からすれば、セキュリティ=人質だったのだろうか。家族を人質にとられていたウィルスウィルス=家族を失った(過去から離れられない)夏之目って部分はあるのかな。など考えてみたものの、よくわかりません。


個人的には、レ・ミゼラブルを盛り込んだところに伊坂幸太郎なりの新しい試みを感じました。立てこもり犯、SIT、泥棒、人質(黒澤含む)、それぞれをスポットにした形式にあれやこれやを物申すスタイルを見て、新た世界観のある小説を書いてくれそうだなと。


また、黒澤がこのように主体的な行動(びしばしアグレッシブな)を取るのも珍しい。最も今回は、オリオン座と半々でしたが此処も新鮮。


なにより立てこもりの「実はこうなってました」の部分が見事でした。黒澤が大活躍なのですが、人質となる親子の背景や立てこもりに置ける役割もしっかりあり、オリオン座マニアのオリオのキャラクターもそういう意味があったのね、となるものでした。どうやって立てこもりから話終わらすのだろう。それこそダイハードみたくやるのかなと思いきや、こうなるとはしてやられました。


キャラクターに通じているのは、正義。真っ直ぐな正義ではなく、自分なりの正義。正しいと思うもの、という表現が近いですが、それが各々のキャラクターにあります。夏之目や黒澤の正しいと思うもの(黒澤のはいつもの気まぐれ)、オリオのオリオン座への愛など。


表の物語に実はこうなっていた裏の物語が上手く噛み合った小説です。新たな試みもあり、でもいつもの伊坂幸太郎らしさで最後には落とし込んでる一作。個人的には、ダイハードや交渉人みたいな伊坂幸太郎小説が読みたいですw

2017年10月29日

読書状況 読み終わった [2017年10月29日]

「AX」
兜登場。


グラスホッパー、マリアビートルに連なる連作集。蜜柑、檸檬、蝉、槿など、お馴染みの殺し屋の中でも一流の殺し屋兜は、家では妻に頭が上がらない男。一人息子の克巳もあきれるほどで、息子が生まれた頃から、殺し屋の世界から足を洗いたがっている。しかし、引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けている、それが、兜なのだ。


兜は、悪性手術をメインに扱うため、報酬は高いはずであり、更に平時は文具の営業マンだからどう考えって収入は半端ない筈なのにまだ金がいるなんてどんな生活水準なのか!というツッコミは置いとこう。たぶん、武器が馬鹿高いのだ。


兜は、家庭ではあくまで恐妻家を持つ男であり、こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。 家族にバレずに足を洗うために危ない仕事に励むそれが兜である。


兜が、ばったばったやっつける。いや、殺し屋だから悪いやつなんですけど、いい奴でもあったりして、そんな悪党90%が殺し屋をやっつけ、ちょっと良いこともしちゃう。そこにユーモラスがあったりウィットがあったりして。と、前2作に近い形になると思いきやそうでもないのです。


妻に頭はあがらないけど、決して卑屈にならず世の旦那を体現する兜の振る舞いや言動はウィットに飛んでいるし、魚肉ソーセージのくだりは、伊坂幸太郎らしい。知らない者同士をぐっと近づけるネタとして、しかも、互いは肩身の狭いところをユーモラスにするところなんかは良いのだが、Crayon、EXIT、FINEに行くにつれてテイストががらっと変わって行くのです。


こんな感じになるとは意外でした。展開含めて、ちょっと予想外。前2作とは少し角度を変えてきた感じです。兜の頼りないけど頼もしい、悪いやつなんだけど悪くない、といった裏表ないこのキャラクターは、とても良い。


良いのだけど、これは、ちょっと寂しいです。

2017年8月1日

読書状況 読み終わった [2017年7月31日]

「短編少年」
少年をテーマにした短編9編を収録したアンソロジー。


伊坂幸太郎。あさのあつこ。佐川光晴。朝井リョウ。柳広司。奥田英朗。山崎ナオコーラ。小川糸。石田衣良。それぞれがそれぞれの視点で少年を切り取ってます。佐川光晴は、初めてであり、柳広司の少年ものは読んだことが無かったので、良かったなと。


▪️逆ソクラテス
個々のキャラクターから滲み出てる伊坂幸太郎風は変わらず。彼らは、大人と子供が共存する中で、どちらに傾く訳ではない絶妙なバランスの下、ふらふらと揺れている。また、伊坂幸太郎は、必ずと言って良いほどこれぞというキャラクターを用意しています。今回は、安斎。物語をリードし、最後はさっと悲しみと不思議さを残すやつ。


▪️下野原光一くんについて
バッテリーのあさのあつこ。小学校から高校にあがるまで煙突と呼ばれていた円藤が、密かに見つめてきた光一くん。少年がテーマに見えて、女子視点のラブストーリー。青春らしい甘酸っぱく最後はかなしいやつ。


▪️四本のラケット
佐川光晴という作家さんを初めて知りました。太二の中学テニス部では、昼休みにコートをぶらしがけする作業があり、それを伝統のグーパーじゃんけんの少ない方がやる。そんな作業でとある不穏な空気が(ま、普通に考えられる)。それを解決する太二に、父親の影響が出てほっこり。少年がテーマなアンソロジーなはずなんだけど、父親にぐっときました。


▪️正直なこども
城之内栄。小学二年生。ぽっちゃり。今苦手なマラソン中だ。山咲王次郎。今朝転校してきた小柄な男子。開口一番の挨拶でAKBに入ることが夢という、くねくね女子見たく振る舞う。マラソン一位。出だしからすると友情を育むのかなと思いきや、何か後味がぞっとしました。本作の中で一番の味。


と前半3篇と一番印象に残ったコーラさんのを書いてみました。小川糸さんのやつも、心がじーんときます。

2017年7月8日

「無事これ貴人」
外に求めない。


臨済禅師が説くところの「無事」とは、馳求心(外に向かって求める心)をすっかり捨て切ったさわやかな境涯。「無事」とはいわば、求めなくてもよいことに気づいた安らぎの境地。「無事是貴人」とは、そういった安らぎの境地を心の底から実感した人。そんなタイトルが付いたこのショートストーリーに、馳求心をすっかり捨て切った人が、たくさん出てくるのだろうかと思いきやどうやらそうでもない気がする。


☆あらすじ☆
<blockquote>
明らかに遺産目当てで見舞いに訪れた甥を、「金目のものは全部処分した」と告げて追い返した男は、目の前の病院の女性スタッフに、涙混じりで唐突に過去を語り出す。その男を検温するために病室に入ってきた看護師は、ピンチになると、どこからともなく現れては救ってくれる謎の男が、実は死んだはずの父なのではないかと疑っていた。すべてはどこかで繋がっているのか。
</blockquote>


本作がどんな経緯で書き上げられたのだろう。昔の名作「無事これ貴人」をオマージュしたものなのか。伊坂幸太郎の書き下ろしなのか。どちらにしろ伊坂幸太郎の色はしっかり出ています。


遺産目当ての甥を追い返した叔父→叔父が入院している病院の清掃スタッフ→叔父の検温に来た看護婦→看護婦を助ける為119番に電話した男→男を拉致した悪役→悪役の車にぶつかりそうになった運転手→その運転手にぶつけられたバンドマン(のち、運転手の元彼女登場)→そこに黒澤登場・・・


と人と人の出来事が連鎖していく様は、伊坂幸太郎の色(黒澤が登場したので、他の人物も何かの作品の登場人物かと思ったんですが、ぱっと浮かびませんでした)。ショートストーリーな分、その連鎖は分かり易い仕上がりになっており、最後の顛末までさくっと繋がる。1日のいろんな人々の出来事はもしかしたらこんな風に繋がっているかも知れない。ちょっと怖い展開も混じっているから繋がっていてほしくは無いんだけど。


無事これ貴人。求めなくてもよいことに気づくことは、難しいってことを言っているのだろうか。なぜこのタイトルなのかを知りたい。

2016年8月21日

読書状況 読み終わった [2016年8月20日]

「陽気なギャングは三つ数えろ」
絶体絶命のカウントダウン。


嘘を見抜く名人成瀬、天才スリ久遠、演説の達人響野、精確な体内時計を持つ女雪子。彼ら4人は、誰も傷つけることなく、華麗な裁きで金を奪っていく天才強盗集団である。幻影旅団の殺さず版みたいなものだ。


彼らの活躍を描いてきたギャングシリーズが、此度9年ぶりに書き下ろされたのだ。これは読むべし!と読んでみました。


9年ぶりと言えど前作と大きな違いはありません。銀行強盗が、楽しそうに金をかっさらっていく序盤から、銀行強盗とは関係ないことだったり、あることだったり(前作、前々作はどうだったか覚えてないけど)に巻き込まれ奮闘する。そんな流れは不変です。


ただ個人的に変化だと思ったのが、今回は銀行強盗と疑われ、危険に巻き込まれ、結構ピンチになるような展開が起きたことですね。今迄こんなコロコロ巻き込まれてた印象が無かったので、新鮮でした。まぁ、結局、悪役が丸め込まれてしまうことは想像に難く無かったんですが、なかなか悪役火尻の悪徳記者ぶりが良かったです。


あとは、強盗4人組以外のキャラクターの重要性がかなり高かったのもポイントですね。中盤からは、かなりのキーパーソンでした。ここまで大勢でトラブルを解決するのは今迄無かった気がします。


4人組については、響野は一層空回りキャラ感が強くなった気がしますw。9年ぶりに観たからなのか、ちょっと薄いじゃないか!とw


読み応えとしては、安定したもの。定番の型で終わります。ですが、今挙げた点はちょっと久しぶり感も併せて新鮮に捉えれると思います。もうちょっとドタバタ感や躍動感がある方が良かったとは思いますが。


因みに、また映画をやるならば、キャスト一新で試すのもありかなと。とはいえ、成瀬は佐藤浩市の続投として、久遠は伊坂映画常連の岡田将生、響野は演説がきっとcoolになる加藤雅也、そして、雪子は篠原涼子(以上、敬称略)でw

2015年10月18日

読書状況 読み終わった [2015年10月18日]

「ジャイロスコープ」
ユーモア満載の7つの短編。


いつの間にか書店に出てくる、それが伊坂幸太郎の短編集作品。そんなイメージを勝手に抱いている。私から見れば、それはいつの間にか売られていても、伊坂幸太郎(もしくは、出版社)から見れば、それは練られたタイミングで売られているのだがら、物体の角度の違いなんだろう。


ラインナップは、以下の通り。


■浜田青年ホントスカ
■ギア
■二月下旬から三月上旬
■if
■一人では無理がある
■彗星さんたち
■後ろの声がうるさい


「浜田青年ホントスカ」の伊坂幸太郎の定番のような短編。相談屋という謎の職業を生業とする男の前に現れる青年。その青年は実は殺人者。相談屋と殺人者の間に生じるのは、殺す、殺さない、その選択であり、そこにはどこか無機質な空気が漂う。伊坂幸太郎が描く殺人者には、こういうちょっと浮世離れしていて文学チックな性格の人間が多い気がしますね。


「ギア」は、SFの世界観が独特。終わりはすっきりするものではなく、残りの想像は読者に任せたようになっています。「if」もその点では同じ分類かなと思います。「if」の方が、締めが好きですね。最後は正義が勝つところが良いです。


「二月下旬から三月上旬」
坂本ジョンが巻き起こす物語。伊坂幸太郎作品の中では、トラブルめいたものを引き起こしがちだが、どこか憎めないジョンのような人物を主人公とする場合、ちょっと気弱だけど真面目な人間をパートナーとすることが多い気がします。しかし、本作は、ジョンの大活躍な仕上がり。毎回思うのだけども、こんなキャラクターの人物と仲良くするのは、いくら憎めないとしても私には無理ですねw


「一人では無理がある」
”サンタクロースは子供を見離してはいけない!”。この言葉を以て「ジャイロスコープ」の中では一番のお気に入り。仕掛けとしては夢があるし、心地よい。また、結果オーライの申し子「松田」がとても良いと思います。こういうキャラクターを書かせたら、伊坂幸太郎の右に出るものはいないのではないかと思っていますw。「夜の国のクーパー」や「SOSの猿」のような浮世絵離れした世界観の作品を、今度はこのサンタクロース版で描いてほしいですね。


「彗星さんたち」
新幹線清掃係の仲間達による物語。新幹線に乗ってくる人々の生活をユーモラスに描いています。鶴田さんの人生を今後も応援していくだろうなと思わせる締め。だからと言って、原始人はさすがに、と私は笑う。


「後ろの声がうるさい」
新幹線に乗っている時、席の後ろの乗客が話していたらなんとなく耳を傾けてしまう。ましてや、その会話が有名女優が自分の新幹線に乗っているなんていうものだったら、余計気にしちゃいますよね。私は、芸能人見たことないんで、ちょっと見たい。そんな風景を描いたのが、本作。また、短編と短編が繋がっている仕組みもあります。伊坂幸太郎の短編集ではおなじみですね。どの短編が繋がっているかは、読んでからのお楽しみということで。


”十五年を振り返って”
伊坂幸太郎インタビューです。「ギア」と同じ世界観の短編として「ブギ」、「ギブ」があるとか、凄く読みたいのだけども、「夜の国のクーパー」へのちょっと熱く、切ない思いを語ったりとか、題名通りデビューを振り返るとか、色々満載です。一番のお勧めポイントは、長編と短編の思いの違いです。こういう考えを知ると、より一層その小説家の本の読み方が変わるので、私としては嬉しい限りですね。これからも書いてもらいたいので、だれか身近な人が「がんばりましたね」と言ってあげて欲しい。

2015年7月26日

読書状況 読み終わった [2015年7月11日]

「火星に住むつもりかい?」
密告、連行、苛烈な取り調べ。暴走する公権力、逃げ場のない世界。


「火星に住むつもりかい?」、そのタイトルからは「おっ、伊坂幸太郎の宇宙ものの話か~」と思い、手を取ってしまうかも知れません。しかし、残念だから宇宙ものではありません。その言葉は宇宙への旅への高揚感を醸し出すものではなく、密告、連行、苛烈な取り調べが横行し、公権力が暴走する地球の様を皮肉る言葉。「ここからは逃げられない、逃げるつもりなら、火星にでも住むつもりかい?」と。


平和警察という名ばかりの警察が牛耳る逃げ場のない社会の中で、人々は自らを守る為、他人を売り、売られた他人は更に他人を売る。人を守るべき警察は、密告された人々を尋問し、冤罪を罪に昇華させ、権力を強めていく。そんな世界。そんな世界に一人の孤独なヒーローが現れる。人並な精神を以て、人並な理由で活動する様は、英雄らしい華やかでカッコ良いものではなく、罪悪感を抱えるヒーロー。実に人間らしい。


帯には、らしさ満載、とありますが、私としては「らしさ満載?」というのが正直な感想です。今までの伊坂幸太郎小説には、ヒーローを演じる登場人物が登場し、物語も重めながらもどこかユーモア(大抵、ヒーロー役が持っている)と日常感を感じることができ、登場人物の誰かを好きになれたんですが、「火星に住むつもりかい?」にはそのような登場人物は出てきませんでした。


設定も記したように閉塞感が漂い、暴力と嘘が蔓延するネガティブなもの。設定に波があるわけではなく、ずっとネガティブな空気。ヒーローとして活躍することに疲れ、ひっこみがつかなくなっているところ等、所謂ヒーローもののヒーローではない。ヒーローが活躍するとしてもその空気は晴れない感じも「伊坂幸太郎らしさ」を感じない根源です。


物語の締めは、伊坂幸太郎らしい締めになっていますが、それ以外は「らしさ」が無い、私にとしては、挑戦作として仕上げたのかなと思っています。唯一の「らしさ」を感じさせる締めもちょっと弱め。例えば、「モダンタイムス」も重いテーマでしたが、五反田というヒーローが一見強がりに思えるけど、芯の通った強さを見せることで、悪を倒すことはできないけれど、ちょっと晴々した光が見える締めでしたが、本作にはそれもない。とにかく「らしさ」を感じない小説なんですw


「らしさ」を物足りないと感じるか「こういうのも書くのか」と思うかで、本作の評価は分かれそう。そんな伊坂幸太郎の挑戦作。


因みにタイトルは、デビット・ボウイの名曲から。落ち込んでいる今こそ聴いてみよう。

2015年3月24日

読書状況 読み終わった [2015年3月24日]

「キャプテンサンダーボルト」
世界を救う為に、2人は走る。


“純文学×エンターテインネント”がどのような化学反応を起こすのか。「キャプテンサンダーボルト」は、阿部和重と伊坂幸太郎の合作である。構想に4年かけ、枚数は500ページに及ぶ。その為の労力を考えると、既に大作となる。


大作の基準が何なのか。例えば、有名な賞を取ること。例えば、たくさん本が売れること。しかし、見かけで物事を判断してはいけない。仕事も恋愛も幸せもそうだ。見かけだけ判断するのはキケン。


私が思う基準は、一気に読者を引き込む力があるかどうかだ。大作の場合は、枚数が多くても読み終わった後に、こんなに分厚かったんだと思わせるものがいい。これこそ主観が過ぎるかも知れないが、客観的判断は他に任せておくとして、とにかく私は一気に読みたい。


そして「キャプテンサンダーボルト」である。500超ページがあったが、一気読み出来た。読了後には何も残らないすっきりした面白さを残していった。物語のその後を推測させるような終わりも嫌いでは無いが、この話はここまでとスパッと区切ってくれた方が好ましい私にとっては、爽やかな“さよなら”だ。


爽やかさは、井ノ原と相葉のコンビから発せられる。彼等は、子供の頃からちょっとした悪さを一緒にやってきた腐れ縁。誰しも心当たりある腐れ縁から始まる話は、小さな世界に留まるのでは無く、時代は大戦を跨ぎ、恐怖は生物兵器に危ない奴ら、そこに不釣り合いに見える戦隊ヒーローと様々な要素が絡み合いながら、2人の活躍の場がどんどん拡張していく。しかしながら、基本は2人の腐れ縁と言うか昔ながらの関係性だ。そういう面では、一種の青春物語かも知れない。いや、青春にしては荒々しいか。


一目置くのは、戦隊ヒーローのリーダーレッドだ。子供の頃に憧れた格好良いレッドを押し出すのでは無く、本当のレッドの姿(着ぐるみの中)を映し出す。そこには、儚さ以上になんだか1人の男の格好良さを感じた。


相葉、井ノ原以外にも主要人物がいる。それが「村上病」と呼ばれる感染症に関する謎を調べている桃沢瞳とカーリーコーテッド・レトリーバーのポンセ。腐れ縁の2人は、過去を引きずっている部分もある。そんな彼等をポンセは犬らしいアクションで、桃沢はばりばりのSっ気で刺激をくれる。


常識を疑え。それを貫く為に、3人と一匹が織りなす戦いが、いざ始まる。どちらのファンにも楽しめる一冊。

2014年12月23日

読書状況 読み終わった [2014年12月8日]

「実験4号」
後藤よ、帰ってこい。


本作は、The ピーズの「実験4号」と言う曲をベースにした短編小説である。私は、伊坂幸太郎が書いていると言う事で読んで見たクチであり、The ピーズも山下監督も知らなかった。The ピーズは、伊坂幸太郎のエッセイで出てきた気がするけど。


そこで、2人を調べてみた。すると、山下監督が今迄撮って来た作品は結構知っていた。例えば、リンダリンダリンダ、天然コケッコー、もらとりあむタマ子とか。


一方、The ピーズは全く知らなかったので、経歴をちょっと紹介。


The ピーズとは、1987年にデビューしたロックバンドで未だ現役である。メンバーの入れ替えを繰り返し、現在は3人(大木温之、安孫子義一、佐藤シンイチロウ)で活動中。長年メジャーレーベルで活動しており、芸能界や音楽界にも影響を受けた人物がいるらしい(サンボマスターの山口隆やウルフルズのトータス松本等)。


因みに、サブタイトルが“後藤を待ちながら”なので、後藤がメンバーにいると思いきや、彼、後藤マスヒロは既に脱退していた。


本作では、バンド活動に悩んでいた主人公達(おっさん3人)が、昔のバンド(The ピーズ)のインタビュー記事を読んで、バンド活動の転機を見出す物語だ。では、何故転機を見出す必要があったかと言うと、後藤が脱退してしまい、上手くいっていないバンド活動に更に影が落ちたから。このままバンドを続けるか、それとも解散するか。残された2人が、今の生き方を省みながら音楽と後藤を考える。そこに青春を見た。


舞台は火星に気軽に行けてしまう時代に設定されてある。地球の人口のうち大半が火星に移った為、地球温暖化もおさまった東京に残った2人。彼らは、火星に行った後藤は直ぐに帰ってくると思っていたが、なかなか帰ってこない。そんな背景がある。


だからなのか、ジャカジャカと言う音楽が地球で流行っており、ロックンロールは響かない。


それでもロックンロールを演奏する。果たして、ロックンロールは地球で復活するのか。大人達の遅めな青春が、意地を見せるストーリー。

2014年10月11日

読書状況 読み終わった [2014年10月10日]

「アイネクライネナハトムジーク」
ここにヒーローはいない。さぁ、君の出番だ。


本作は、「アイネクライネ」「ライトヘビー」から膨らんできた話をいくつか書き溜めて出来上がった作品とのこと。作品の題材が恋愛であること、特徴的な人物や奇妙な設定がほとんど出てこないことから非常にレアな作品であり、インパクトがあまり無いように感じるかも知れないけど、じわじわ身に沁みる。


因みに、特徴的な人物はほとんど出てこないわけだから、癖のある奴は出てくる。それは、織田一真である。


2枚目の部類であるが、その2枚目度合いを相殺してあまりある程に変わった性格である織田。そんな彼が大学時代、大人気であった加藤由美と付き合いだし、挙げ句の果てに結婚し、子供まで作り、僕(佐藤)の目の前にいることから、全ての話が始まっている。この織田の何かやらかす感じは、チルドレンの陣内みたいなイメージなのだがw


ヒーローはいない。わかっちゃいるけどいると信じたい。キャプテンサンダーボルトとかゴレンジャーとかケンシロウとかいて欲しい。でもいない。


このヒーロー不在感は悲しい。しかし、ヒーローは、いないけどいる。例えば、将来の相手との出会いを繋ぐキューピット役の友人やお笑いの道にいくきっかけを作った同級生、争いを防ぐ為の作戦を編み出し、娘まで伝承する父。些細だけど、ヒーローっぽい。


そんなヒーローとしては「ライトヘビー」が良かった。「アイネクライネ」も含めて、全てが繋がっている中、ボクサーチャンピオンが登場するこの短編は肝である。また、このチャンピオンがヒーローのごとくばったばった挑戦相手を倒していくのではなく、ひと捻り入れている辺りは、伊坂幸太郎らしい。


因みに、一番好きなシーンは、最後のノックアウトシーンだ。あれに、あんな展開があるのは、伊坂幸太郎作品ならあり得るんだけど、あんま考えてなかっただけに、じーんときた。


あぁ、自分にもいいことあるといいな。

2014年12月10日

読書状況 読み終わった [2014年12月10日]

「仙台ぐらし」
伊坂幸太郎流エッセイ。


伊坂幸太郎はエッセイが苦手らしい。普通の生活しかしていないから、面白いエッセイは書けないのだと。だからエッセイの依頼を断ってきたと言う訳だ。しかし、伊坂幸太郎は遂にエッセイの依頼を受けた。そして、おとなしく日々の生活を書き出すと思いきや、往生際の悪い彼は思いもよらない技を繰り出した。なんとエッセイに架空(フィクション)を盛り込んだのだ。やるなー、伊坂幸太郎w


勿論、エッセイの依頼を引き受けたからには、当たり前だがエッセイを書かなければならない。だから、架空を盛り込んだのは、タクシーのエピソードだけなんだけど、このエピソードが一番手に持ってきた影響は大きいように思えます。だって、後のエピソードも実話のはずなんだけど、どうも短篇小説のように思えてしまって、パソコンが壊れてしまったエピソードでさえも、伊坂幸太郎自身が彼の小説の面子に見えてしまうですからねw


私はエッセイを好んで読む方ではありません。時に、エッセイは、著者の世界で完結しまう事が多くて、私が入っていく所が無い様に思えちゃってもの足りないんですよね。勿論、エッセイの本質は著者の言いたい事やそれこそ日常生活のあれこれを書くものだから、著者の世界で完結してしまってもおかしくはないんですけど、それでも読者としては少しくらい彼らの世界に入れる隙間を用意して欲しいものです。


その隙間から彼らの世界を見て、あーこういう人なんだとか、なんかイメージと違うなとか、色々ぶつぶつ言いたい。そんな隙間を用意してくれているエッセイが、私は好みです。実際、私は、堺雅人のエッセイでそうぶつぶつ言っていますし、彼はエッセイの書き手として素晴らしいと思います。


その点を考えると、この「仙台ぐらし」も好きなエッセイです。先に述べた架空エッセイには驚かされましたし、隙もちゃんとある。伊坂幸太郎ってやっぱりのんびり屋なんだとかマイペースなんだとか、考えが変わっている変人なんだとか、色々ぶつぶつ言えました。


同じエッセイでも「3562」よりものんびり感が漂っていました。テーマがそういうものばかりだったのかな。

2014年3月29日

読書状況 読み終わった [2014年3月29日]

「首折り男のための協奏曲」
首折りから合コンへ雪崩れ込む。


協奏曲とは、一般的に独奏楽器と器楽曲を意味する事が多い。ヴァイオリン協奏曲のように独奏楽器名+協奏曲で呼ばれる事が普通だが、独奏を受け持つ楽器によってはフルートとハーブの為の協奏曲や2台のピアノの為の協奏曲のような曲名をつけられる事もある。


本書のタイトルは「首折り男のための協奏曲」であるから、独奏を受け持つ楽器は、首折り男である。首を折る殺し屋と言えば、マリアビートルの七尾が真っ先に頭に浮かぶが、殺し屋が彼のようなどこか抜けた男ばかりな訳が無く、と言っても七尾がターゲットの首をポキポキ折るのも気持ちが良いものでは無いが、顔色変える事無く人間の首から音を奏でるのは不気味である。


しかし、上手なピアニストと上手なオーケストラが同じステージに立ったからと言って名演になるとは限らない。首折り男が華麗に仕事を遂行しても、オーケストラと信頼関係が築けず、呼吸も合わなければ、観客が見惚れる演奏は出来ない。


本書は、恋愛、怪談、SF、等異なる題材の短篇を纏めたものであるから、オーケストラはバラバラだ。合コンと首折り男がどうやって一緒に上手くやれると言うのか。男が合コンに参加して、自分に振り向いてくれない女の子の首を次々と折っていくのか。


しかし、ちゃんと「首折男のための協奏曲」が成立している。一見バラバラに見える短篇が緩やかに繋がっているのだ。首折り男が時に関わり、時に関わらない。こんだけ緩やかな繋がりは、ちょっと伊坂幸太郎としては珍しいかなと。


個人的には、間違われた男が登場する話は良かったですね。誰かの役に立ちたい病が伝染したと言う台詞が渋い。また、いっこ貰ってあげるよ、そのいっこは食べきれないお菓子とかもうしなくなったゲームソフトとかそんな平和なものじゃないけど、も印象的な台詞です。


他では、クワガタ話は、伊坂幸太郎らしい悪者退治話でした。オチの形で行くと、合コン話と初恋探しの話も同種かな。


しかし、首折り男と空き巣の為の協奏曲と言っても良いぐらい黒澤は頑張っていましたw

2014年5月6日

読書状況 読み終わった [2014年5月6日]

「3652 伊坂幸太郎エッセイ集」
伊坂幸太郎のエッセイが10年と2日分。


「仙台ぐらし」に続いて、伊坂幸太郎のエッセイを読みました。「仙台ぐらし」は多分1年間分くらいのエッセイ集で時期は2012年辺り。


対して、「3652」は10年間と2日分のエッセイをまとめています。というわけで、小説家伊坂幸太郎の産声から伊坂作品第一期を経た2012年?までの伊坂幸太郎のあれこれを楽しめる仕上がりになっています。


ボリュームがある為、すいすい読めた訳では無いけど、上手い具合に話題の違うエッセイが挿まれていて読む気分も変わり、無事読了出来ました。


伊坂幸太郎のあれこれですが、本当にあれこれになってます。日常生活での些細な出来事や小説家としてやっていく為、会社を辞めた時の話、好きな小説の話など多様。


そんな数あるエッセイの中で、好きな小説の話が勉強になりました。定期的な特集なのか年度毎に、伊坂幸太郎が小説に触れるのですが、知っている作家もいれば初めて聞いた作家もいて、読む幅が広がりそうです。早速読んだこと無い小説は、読みたい本リストに追加しました。


特に面白かったのは、大江健三郎エピソード。大学時代に「叫び声」を読んで大はまりし、この作家の面白さを知っているのは自分だけだと思ったらしいです。でも、大はまりしたのは、僅か数日だけどいう。あれだけ好きだったのに何があったのか。


また、これも大学での話ですが、本を読まない友人の家に赤川次郎の本があったエピソードも興味深かったです。誰が読んでも読みやすいテンポの良さ、それでいてミステリー要素を組み込んだキャラクター濃い人達による物語構成は、ほんと凄いですよね。


日常生活のエピソードは、いつもの伊坂幸太郎小説の香りがして、エッセイでも小説のように思わせるなんて、エッセイとしては違うかも知れませんが、私は好きですね。

2014年4月12日

読書状況 読み終わった [2014年4月12日]

「PK」
正義のヒーローは派手じゃない。


緑で始まり緑で終わる本作は「PK」「超人」「密使」の3偏が収められています。其々が何処かで繋がっている点は、いつもの伊坂幸太郎作品通りでありますが、本作は少し繋がりが薄めですかね。「PK」は「超人」への伏線と言うよりはネタフリのようであり、「超人」は「密使」へのネタフリ。


伊坂幸太郎作品では、物語が繋がっている場合、同じ登場人物がちらほら出てきたり、明らかに伏線と思われる描写や台詞が使われていると思うのですが、本作はそこまで主張が強くないかなと。繋がってはいるけど、漠然としたイメージの共有にとどまっているような感じ。


代わりに主張が強いのがSF色かなと思います。世界の終わりを救う為に選ばれたヒーローが活躍すると言えば煌びやかなイメージが沸きますが、そのヒーローは、地味なんです。何が地味かと言うと、能力が地味。その前に登場する能力が、予知ですからね。しかし、地味な能力も使い方次第で武器になる訳です。


また、もう1人のヒーローがゴキブリ。世界を救えるのはゴキブリですと紹介された際の彼の描写は、とてもゴキブリについて表現しているとは思えない言葉が並ぶ。


果たして、世界を救うのは地味な能力で些細な楽しみを堪能していた所、いきなり担ぎだされたヒーローか。それとも、特殊な訓練を受けた一匹のゴキブリか。


派手なSFでは無いけれど、地味にじわじわSFらしさが染みてくる。

2014年5月3日

読書状況 読み終わった [2014年5月3日]

「夜の国のクーパー」
クーパーを倒しに行く物語。


動けない僕の上にちょこんと乗っている猫が言う。僕の話を聞いて欲しいと。


もしかしたらトムの言葉を僕が理解出来ているのかも知れないが、どうやら鉄の国がトムの暮らす小さな国を支配しようと戦争をしかけてきているらしい。僕はこの不思議な状況を聞きながら考える。それは大変だ。でも僕は動けないんだ。


ファンタジー溢れる世界観からオーデュボンの祈りやSOSの猿のような感覚を受ける。でも、鉄の国と言う呼名や住民、兵士の風貌、名前からどこか中世のようにも思えるし、クーパーと言う謎の怪物からは冒険ストーリーにも思えるから、上記二つよりは作品の幅は広く思える。


個人的には、僕の役割が良かった。最後美味しい所を持っていくのも好きだが、猫と鼠の話を自分と妻に置き換えて関係修復を考える所や自分の弱さに自信なさげだけど「トムに助けると言っちゃった手間頑張るか」と最後決める辺りは、現実の世界での僕の生活や振る舞いを思い浮かべる事が出来る。


猫の中では、ギャロが良い。トムはしっかり者だが、ギャロはお調子者。しかし、このギャロは最後にいい事しちゃいます。やるね、ギャロ。


しかしながら、トムもギャロも人間の生活には興味を示さない。戦争をする人間には同情するが、だからと言って助けようと積極的に動くわけでは無い。彼らが動くのは、自分達まで襲われる可能性が出てきたからだ。ある時点までは、彼らは完全に野次馬なのだ。


ここら辺がファンタジーぽくない。私はファンタジーに対して、善悪が分かれているイメージを持っていた。


攻めて来る鉄の国やトムの暮らす国を支配するダメな王は悪で、クーパーを倒しにいった透明な戦士が善。そして、トムやギャロも気持ちは善で、攻め込まれる人々に心から同情し、何かしてやろうとするもんだと思っていた。


しかし、そんな簡単に善悪があるもんじゃない。猫達も鼠達も人間と同じように善悪の中間に立ち得るのだ。そこに妙な苦々しい共感(現実)を感じた。


ファンタジーならファンタジーにして下さいよ、伊坂さんw

2014年10月5日

読書状況 読み終わった [2014年10月5日]
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